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噴飯もの

 
 「噴飯もの」は、食べかけの飯をこらえきれずに噴き出す意から「我慢できずに笑ってしまうこと」「「おかしくてたまらないこと」の意である。

 文化庁が発表した、昨年度の「国語調査」によると、この慣用句の正答率はわずか20%だった。「腹立たしくて仕方ないこと」と答えた人が49%にのぼる。
 まるで違った意味で理解されている。
 前に書いたように、僧の修行であった「乞食(こつじき)」が、物乞いをする「乞食(こじき)」になったように、言葉は時代とともに変わるのだから、「本来は」などと目くじらを立てても意味がない。
 言葉を支えている社会の習俗の変化を受けて、意味も変化する。

 「噴飯もの」は、「飯=(米)」を主食として腹いっぱい食べる時代を反映した言葉であった。しかし、今では「噴出せざるを得ないほど口いっぱいにする」食べ方をしない。
 それだけではなく、「飯」そのもの消費量が減少している。
 米の消費量は、昭和37年度には1人当たり年間118.3キログラムであったものが、平成17年度には、その半分近くの61.4キログラム(1日約1.1合)になった。
 このへんで下げ止まりとなるが、上昇する気運はない。
 米への依存度が高い高齢者層から、パン・麺への依存度が高い若年層への世代交代が進むと予想されるからだ。

 つまり、食生活の変化が「噴飯する」現象を少なくしているのであって、言葉の意味を支えている社会現象が背景にある。
 「慣用句」は、その時代の社会的慣用から発生した言葉であるから、慣用(習慣・習俗)が変われば意味も変化する。
 中には「死語」となったものが数多くあり、それらの「本来の意味はこうである」「その使い方は間違っている」などと言われても、生活実感がないのだから、日常の会話にはそれほど不都合を来たさない。
 まして、「慣用句」の正解率が下がったからといって、日本語の表現力低下と大騒ぎするのは短絡的思考である。

 昨年度の「国語調査」では、「噴飯もの」以外に「流れに棹(さお)さす」「役不足」「気が置けない」で、本来の意味ではない回答が本来の使い方を上回る結果となった。

 その前年の調査に「にやける」があった。
 (1)なよなよとしている。  (2)薄笑いを浮かべている。 どちらが正しいか。
 (1)15% (2)77% が結果である。  正解は(1)。
 しかし、(2)を間違いとするのは忍びがたい。
 「男は黙って」「威厳を持った姿勢」でいることが、正しい習慣だと躾けられた時代は長く続いた。武士の残影であり、この姿がビールのCMから消えたのは最近である。
 男が「にやける」のは「(女のように)なよなよとすること」で、威厳に関わる卑しい姿とされた。しかし、「なよなよとしている」時の顔は「薄笑いを浮かべている」状態に近いのではなかろうか。
 すでに「威厳」は「男の看板」ではなくなった。「なよなよする」ことも非難されることではない社会になっている。
 むしろ、このような設問をする試験官の意識が問題で、何を測定しようとしたのかその意図がわからない。

 太平洋大戦後、生活習慣が急激に変化しているのを受け、古い言葉の意味がこのように逆転している現象は、その変節点(K点)を体験している歴史的な瞬間なのだろうか。
 慣用句の歴史は、庶民生活の歴史でもある。
 
 
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